当社は創業の精神をもう一度深く社内に浸透させるため、Our Mission「誠意をもって人々の日常を見つめ、創意をもって新たな体験を提案する」を策定しました。この言葉には、シャープらしさを復活させたいという思いを込めています。
かつて当社は他社とは一味違った商品を次々と世に送り出し、人々の日常に新たな体験を提案してきました。この違いを生み出す力こそが、当社の競争力の源泉であり、シャープらしさでした。しかし、これまでの経営危機やマネジメントの変化などを背景に、近年この力が失われつつあることに強い危機感を持っています。そこで、シャープらしさを取り戻すことが私の最大の使命と考え、社長就任以降、創業者・早川徳次の経営信条「誠意と創意」に立ち返ることを全社員に呼びかけ続けました。その結果、少しずつですが社員の意識に変化が生じているように思います。
そして、このたび、当社の企業姿勢や事業活動を通じてお届けする“シャープらしい価値”を表す言葉として、新たなコーポレートスローガン「ひとの願いの、半歩先。」を宣言しました。この言葉には、人々の日常にそっと寄り添い、日々の課題の中から見出した「ひとの願い」に対して、ほんの少し先回りすることで、驚きや喜びをもたらす新たな体験を届けたいという、当社の思いが込められています。当社は、本スローガンのもと、人々の「暮らす」と「働く」において、独創的なモノやサービスを次々と生み出すだけでなく、それらを通じて“新たな文化”を創造する企業を目指します。
2024年度に新たに発足した取締役会では、9名中7名が社外取締役となり、監督体制が大きく強化されました。業務執行の責任者については、当社で長年働き、当社のビジネスに精通しているメンバーが中心となりました。加えて、親会社である鴻海精密工業(以下、鴻海)の劉董事長に会長に就任いただいたことで、中長期の成長に向けた鴻海からのサポートも強化されました。
こうした新体制のもと、当社では、2024年度を構造改革の一年と位置付け、アセットライト化を進めるとともに、全社業績の黒字化を達成することができました。
アセットライト化として、具体的には以下のような取り組みを行いました。まず、大型ディスプレイを生産する堺ディスプレイプロダクト(SDP)の生産を停止し、資産売却を進めました。中小型ディスプレイでは、各工場の生産能力の最適化を進めるとともに、業績のボラティリティが高い亀山第2工場を2026年8月までに鴻海に譲渡することを発表しました。カメラモジュール事業、半導体事業については、鴻海の子会社と譲渡契約を締結することができました。加えて、これまで着実に利益を計上してきたブランド事業でも、マレーシアのテレビやオーディオ工場の構造改革など低収益事業の構造改革を実施し、将来の成長に向けた体制の構築を進めました。
ブランド事業に集中した事業構造の確立を大きく前進させたことで、事業で稼いだ資金を成長分野に再投資する「正のキャッシュ創出サイクル」に戻れる状態となり、社員のモチベーションも上向いてきました。
こうした中、当社は中期経営計画(2025年度~2027年度)を発表し、再成長へと舵を切りました。収益の源泉であるブランド事業に重点的にリソースを投下し、技術や人への投資も拡大していきます。具体的には、以下の3つの重点取り組みを推進します。
① ブランド事業のグローバル拡大と事業変革の加速
当社は事業の集中と転換を進め、収益性・成長性の向上を図るため、2025年度より、ブランド事業をスマートライフビジネスグループとスマートワークプレイスビジネスグループの2つに再編しており、商品とサービスの両面で展開していきます。
そして、本中期経営計画期間の3年間は、これまで投資が制限されてきたブランド事業に対して従来比2倍以上の成長資金を投下します。ASEANや米州における工場の生産能力増強など、既存事業の競争力強化を図るとともに、AIやITソリューションビジネス、ロボティクス、AIoTサービス、美容・ヘルスケアなどの成長領域におけるM&Aを積極的に展開し、事業変革を加速させていきます。
スマートライフビジネスグループでは、「暮らす」の領域で、多様なAIoT機器群を核に、多面的なデータを活用したビジネスモデルへの転換に取り組むとともに、新たな体験をもたらす特長商品・サービスを開発し、“SHARP”ブランドをグローバルに拡大していきます。
国内では、ウォーターオーブン「ヘルシオ」を皮切りに、生成AI対応商品を全てのAIoT家電へ展開していく計画です。このヘルシオは生成AI技術を活用し、自然な会話を通じて献立決めや調理手順などをアドバイスします。また、5月にレンタルサービスを開始したアイススラリー冷蔵庫は、猛暑対策として大きな注目を集め、建設業界など多くの引き合いをいただきました。一方、海外では、高いプレゼンスを持つインドネシアで事業の高付加価値化・若年層を中心としたブランディングの強化・現地工場の生産能力の増強を進めるなど、最重要地域とするASEANでさらなる事業機会の獲得を目指します。また、ドロワー式ビルトイン電子レンジが高い認知度と評価をいただいている米国で、その基盤を活かし、東海岸中心のビジネスを西部へも拡大に取り組むとともに、高速オーブンなどキッチン家電の主要カテゴリーへの参入や商品力の強化を進めます。
スマートワークプレイスビジネスグループでは、「働く」の領域で、AIとIT、通信技術を融合させ新たなプロダクトやサービスを生み出すことで、ソリューション型ビジネスへの転換を目指します。さらに、新規事業の立ち上げに集中的に取り組み、事業ポートフォリオをより成長性の高い領域へとシフトさせていきます。
MFP事業では、国内でコンビニエンスストアのマルチコピー機シェアNO.1のポジションを活用しパブリックプリントやコンテンツプリントのサービスを拡大するとともに、欧米でオフィス全体のプリントの運用管理を行うMPSビジネスを拡大していきます。その他、独自のエッジAI技術「CE-LLM」を活用した議事録作成支援ソリューション「eAssistant Minutes」の機能や性能の向上を進めます。また、ロボホンの開発チームが送り出す対話AIキャラクター「ポケとも(ポケットサイズのおともだち)」のサービスを11月よりスタートさせます。8月に発表して以降、高い関心をいただいておりますので、ぜひ期待していただきたいと思います。
② 持続的な事業拡大を支える成長基盤の構築
中期経営計画の達成と将来のさらなる飛躍に向け、コア技術の深化・将来技術の探索を加速するとともに、人への投資を拡大します。
・コア技術の開発加速
かつて、当社では緊急プロジェクトという社長直轄の全社横断の取り組みがあり、液晶ビューカムやザウルスといった特長商品を生み出しました。その考え方をベースに、2024年度から新たに「イノベーションアクセラレートプロジェクト(I-Pro)」を立ち上げ、EVやAI等、複数のプロジェクトが進行しています。柔軟に全社のリソースを掛け合わせ、エッジAI(CE-LLM)などの特長技術を深化させることで、「暮らす」「働く」の領域に加え、「モビリティ」「宇宙」など様々な領域でシャープらしいイノベーションの創出に挑戦します。
・人への投資の拡大
人材戦略については、AIやデジタル、グローバル分野の育成・獲得に力を入れ、全社員を対象とした研修制度も充実させていきます。また、働き方や職場環境、福利厚生など、多様な人材が最大限に力を発揮できる環境づくりに努め、従業員エンゲージメントの向上を図ります。
組織変革の鍵を握っているのは各階層のリーダーです。社員はそれぞれ強みや能力を持っており、私は、そうした社員の可能性を引き出し、挑戦を後押しするリーダーの存在が重要だと考えています。守りに徹するリーダーは必要ありません。万能なリーダーである必要もありません。必要なのは、攻めの姿勢で部下とともに挑戦するリーダーです。そういったリーダーが増えれば、自然と業績も上向き、「ひとの願いの、半歩先。」と言える商品も増えてくると信じています。
③ 成長をドライブするマネジメント力の強化
今回の事業再編に伴い、コーポレート部門とビジネスグループのそれぞれの役割と責任を明確にするとともに、マネジメントチームを強化しました。コーポレート部門は、CEOである私を筆頭に、CFOとCTOに加え、グローバルでの新規販路開拓を担うCBDOと、DX推進に責任を持つCDOを配置しました。今後はこの5人を中心とする強い本社が全社戦略をリードしていきます。一方、ビジネスグループの運営はCo-COOが責任を持ち、領域ごとに柔軟かつ的確に施策を実施できるようにしました。
このマネジメントチームは、堂々と自分の考えを言える人材で構成したつもりです。異なる視点や指摘によって、経営も組織も成長できると考えているからです。“イエスマン”だけの組織では、決してシャープらしさを取り戻すことはできません。繰り返しになりますが、組織を有効に機能させるポイントはリーダーだと考えています。まずはマネジメントチームをしっかりしたものにし、各階層のリーダーのマインドを変え、強い組織にしていきます。
本中期経営計画の施策を着実に推進することで、最終年度である2027年度に全社営業利益800億円の達成を目指します。
また、ブランド事業の営業利益率は7.0%以上に挑戦します。営業利益率の目標として、スマートライフビジネスグループは6.0%(挑戦目標は7.0%以上)、スマートワークプレイスビジネスグループは7.2%を設定しています。
ディスプレイデバイス事業は、車載・モバイル・産業用途といった競争力のある分野に集中します。また、ボラティリティの高い亀山第2工場を2026年8月までに鴻海へ譲渡し、その後は鴻海からパネルを調達して重点顧客に販売することで固定費を大幅に削減します。車載向けなどは2026年度の受注が見えており、経営管理精度も向上していますので、生産現場の課題として歩留まりの改善に取り組むことで、2026年度にブレークイーブンを達成できると見込んでいます。これらの施策により、全社で安定的に収益を計上できる体質に戻します。
ここに掲げた目標は決して容易なものではありませんが、全社員がこだわり、それぞれが力を尽くせば、十分に達成可能だと考えています。先行きに不透明な要素が多い中でも走りながら臨機応変に考え、全社営業利益の目標を必ず実現する強い覚悟で臨みます。一方で、過去にディスプレイ事業で減損損失を計上した影響でバランスシートが大きく棄損しており、現時点では資本コストや資本効率を示す指標が有効に機能しない状態となっています。中期経営計画を着実にやり遂げることでバランスシートが改善し、こうした指標が有効に機能する状態となったタイミングで、事業ポートフォリオなどを考慮した最適な数値目標の設定と開示を行う予定です。
2024年度はお約束した黒字転換を果たしましたが、ステークホルダーの皆様の信頼回復は中期経営計画を完遂した先にあると考えています。この3年間で安定して利益を積み重ね、自己資本比率など財務体質の改善を進めていきます。また、全社員が新規事業の創出に果敢に取り組み、本社としてもそうした新たな事業の種まきに資金を投入する中長期的な成長性を感じていただける企業を目指します。
私がシャープに入社して45年が経過しました。そのうち、42年間は現場で過ごしており、本社にいる誰よりも現場のことを知っている人間だと自負しています。今も本社勤務の傍ら、積極的に現場を訪れ、対話を続けています。目の前のことに追われがちな現場に、一方的に本社の考えを押し付けるのではなく、現場の実態を理解した上での強い本社でありたいと思っています。そして私自身は、社長就任時に述べた「日々努力 何糞」「品質第一」をモットーに、シャープらしさの復活に向けてリーダーシップを発揮し、成長サイクルを回せる企業への回帰に全力を注ぎます。